2022/02/25 06:29

あくまでも当時わたしは預かりさんだったので、カミちゃんの家族かな?

と思われる家族が2組現れたけど違いました。
混乱の中、離ればなれになってもちゃんと探している家族もいるけど、
そうじゃない家族もいるのだ。重大な状況におかれた家族もいただろうけど・・・
それと、昔っぽい飼い方、みそ汁ぶっかけごはんにずっと繋がれているだけ、
散歩は一年に一回の狂犬病予防接種に公民館に行くだけ・・・レスキューされて本当によかった。なんて、話しも聞きました。
あれから10年過ぎて日本での動物に関する考え方は進歩した感じはするけど、
コロナで在宅時間が増えたので動物を飼うとか・・・また違う意味でぜんぜんダメじゃんと思う。

カミちゃんはとても穏やかでおとなしく遠慮がちだった。ちょっとビビリだった。
病院に行っても怒ったりすることがなく、どんな検査も治療も我慢してがんばっていたようで、獣医さん達にも好かれていた。
わたしの職場のひと達もかわいがってくれたなー。K◯スーさんとか。
背骨の一部がひしゃげている(おそらく外傷性とのこと)ので後ろ足が少し悪くて、前足より小さくてピョコピョコ歩いた。
たまにする自己主張は焼き鳥屋の前で焼き鳥が食べたくて『おおおおお~~~ん!』と変な声で鳴くだけだった。
わたしが帰宅するとブンブンしっぽを振って必ず玄関に迎えにきて、
その後はずっと寝るまで『おともします』とトイレの中までついてきていた。
かわいかったなあ。 
2011年夏頃にはもうおうちには帰れないと理解したようだった。
わたしとカミちゃんはいつも一緒にいた。

依然として警戒区域にはまだたくさんの動物が残されていて、
牛舎の中で水も飲めず餓死した牛がたくさんいた。何千羽ものにわとりも餓死した。
食用牛は放射能汚染のため次々と殺処分されていた。
家に閉じ込められたままの猫、繋がれたままの犬。
わたしはデモに参加したり福島の動物の写真展のボランティアに行ったりした。
政府の初動は遅くて『もーいっぱい死んじゃったよ・・・』て頃になんとかセンターを立ち上げた。
『かわいそうなぞう』を思い出した。人間の都合で殺されて、こうゆうことは二度とあってはいけない!て話し。
国語の教科書にも載ってたのに。この国はぜんぜんわかってねーなと思いました。
つまり、警戒区域にいる動物は見捨てられたの!


あの、なんか血圧上がってきたので
その3につづく・・・